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土岐英史の発案により2年前に突如出没した恐怖のセッションである。
RAG の創業19周年を祝うこの日のライヴで4回目を迎えるこのセッションは
土岐英史、坂田明、伊東たけしのアルト3人衆をシングライクトーキングの西村智彦(g)とMedicine Bagが迎え撃つといった趣向の出し物である。

それにしてもアルトサックスと一言で言ってもこの御三方である。 私にはとても同じ種類の楽器から出ているとは信じがたい音ではあるのだが。

「さあっ、今日も思いっきりデタラメ吹くかぁ!」

坂田明の雄叫びとともにリハーサルが始まった。
初期の頃はお互い探り合いながらも徐々に場外乱闘の時間が増えつつ、結局は全員坂田明化してしまうといった展開に終始していたが4回目ともなるとお互いの信頼関係もそれなりに深まり、これってもしかしてバンドのサウンド?って感じる瞬間もあったりするので面白い。

圧巻は坂田さんの名曲、
「チックタック」である。
トリプルアルト用にアレンジされたこのバージョンはこの曲が持っている圧倒的なパワー感とは裏腹に緻密である。力任せだけでは対応できないところに坂田兄ぃのインテリジェンスを感じるのだ。
以前、この曲をリハーサルしている時どれがインで何がアウトなのか分からなくなってしまった私達に坂田さんは一言こうのたまった。
「変かなって思ってやるから変なんだ。どうだ変だろってやるんだ。これだっ!」
唖然とする我々に彼は付け加えた。

「後は人格の問題だっ!」

メンバーそれぞれをフィーチャーするコーナーを経て後半は全員入り乱れのバトルロイヤルに突入するわけだが、半年に1回のペースでやっているだけに、個々の半年での精進があらわになるこのセッションはやはり
オソロシイ。
全員着実に進歩しているのを感じる事は幸せなことでもある。
55歳の坂田さんですら進歩のスピードを緩めようとはされていないのだ。
終演後の酒はそんな感慨と反省のダイナミックスを更に増徴する。こんな事を繰り返しながら俺達は自信を付け、また謙虚になるのだ。
そうこうしているうちに木屋町の夜はすっかり明るさを取り戻しているのだった。









約2年振りになる和歌山でのコンサートは書道資料館http://www2s.biglobe.ne.jp/~syodou/で行われた。
和歌山市出身の偉大なる書道家で教育者だった天石東村を記念して作られたホールでは今までにも何度かコンサートや落語会が開かれてきた。96年にはグラシェナ・スサーナも招かれている。
私の母が書道に携わっている関係で今回のコンサートが実現した。

年配の方々にもジャズの魅力を、と言う事で企画されたわけだが、私たちの爆音に館長も一抹の不安は抱いていたようだった。
今回はロン・カーターとの共演でお馴染みの山口武(gt.)とMedicine Bagのリーダー御薬袋一男(みなえかずお)(ds.)のトリオにHUMAN SOUL時代は作詞家やストリングス・アレンジャーとして協力してくれていた宇田川妙(vo.pf.)をゲストに迎えてのステージとなった。さすがに昼の部は年配の方も多く、始めは少し固めのVIBEだったが、演奏が進むに連れ徐々に
なごみを取り戻したようだった。

問題は夜の部である。
和歌山でやる時の常ではあるが、ここに
同窓生達が大挙押し寄せてくるのだ。コンサートとは言えワインサービス付なので連中のボルテージが上がらないわけはないのである。罵声にも似た数多くの野次の中、すっかりこちらはその気にさせられてしまうのだ。

中学、高校時代は早くこんな田舎から飛び出したいと常日頃から考えていたが、この歳になって同窓生達と色々話し合っていると、自分達を育んでくれた
この土地と、私たちを育て上げてきてくれた教育に感謝したい気持ちで一杯になってくる。
この日も同窓生のみならずお世話になった先生方も多数見えられた。今から想えば彼らの内、何人かは私たちが入学した頃はニューフェイスだったわけで、お陰で今ではグッと年齢が近くなった気がする。
当時の彼らを想い出すと今の24歳よりもずっと
尊厳に満ち溢れていたような気がするのは私だけだろうか。

母校の和歌山大学附属中学にも国立の民営化の波が押し寄せている。同窓生達もうまく行ってるヤツもいれば、ヘタをうったヤツもいる。
それぞれの問題を抱えながらみんな家路につくのだった。

和歌山でのコンサートは同窓会の
オープニング・アクトなのだ。














石やんこと石田長生が東京に移り住んでから早くも4年の年月が流れた。
ロック界の岩窟王と呼ばれ、大阪を代表するギタリストとしてシーンに刺激を与え続 けてきたわけだ。 彼が活動の拠点を東京に移す事を聞いた時はさすがに一抹の寂しさを感じた。
「06BAND」を名乗っていたが俺以外みんな首都圏に移ってしまったことになったの で、以後は特定のバンド名は持っていない。

そんな石田長生BANDの半年振りのライヴがclub QueとBIGCATで行われた。 さすがに半年振りとあって、しかも新曲も数曲トライしたのでリハーサルはいつもに も増して入念に行われた。 石やんのリハーサルは普段でも濃密だ。曲が身体に入るまで何度でも繰り返される。 リハ嫌いの俺も自分の作品に対して妥協を許さない彼の姿勢に触れると不思議に時間 が経つのを忘れてしまう。
公私共に格闘技に携わっているだけの事はある心地よい緊張感を持っているのだ。

井上大輔氏への追悼の意を込めて「ブルーシャトー」のSEに送られて石やんの弾き語 りでコンサートは始まった。 今回恒例の「新聞読み」はなかったものの2曲の新曲を披露しつつ、少な目のMCで約 2時間唄い切る石やんを真横に感じて、俺は改めて
「シンガー石田長生」を感じるの だった。
想えば俺のベーシストとしての初ステージは当時石やんが参加してた上田正樹とBAD CLUB BANDの前座だったのだ。 それからSooo Baaad Revue、GAS、Voice & Rhythmとスピードを緩めることなく前進 してきた彼は、気が付けばギターを持った、歌手であり、詩人になっていたのだ。
大人の心のヒダを絶妙に刺激する彼の言葉はやはり心地よい。

5/26にヒクソン・グレーシーと壮絶な戦いをして引退した船木誠勝にささげて「誰のためでもない舟」を唄って幕は閉じられた。 BIGCATでのステージではブッキング・マネージャーである元Medicine Showの津田くんもアンコールで唄うといったハプニングもあった。

東京と大阪のステージを続けて終えたわけだが、やはり2つの都市でのVIBEは微妙に 違った。

石やんのホームはもはや東京にあるのだ。







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