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パット・マルティノに師事しNYで活躍してきた和田雄二郎も現在は拠点を東京に移 し、最近ではJIMI橋詰とよくセッションしているらしい。 JIMIくんが橋渡し役となって今回初めて和田くんのツアーに参加することになった。 彼のアルバムはパット・メセニー・バンドのセットとアル・フォスター、エディー・ゴメス組によるセットの2種類のセッションで構成されている。特に巨匠2人とのユニットはさすがに強力で味わい深い。 いずれにしても、エディー・ゴメスもマーク・イーガンも俺とはまったく違うスタイルのベーシストなので、和田くんもよく俺とやる気になったものだ、などとも考えたが、やれる事しか出来ないので、ここはひとつたっぷりとGROOVE SKOOLの世界を堪能してもらう事にしよう。 初日のMr.Kelly'sではゲストにギラ・ジルカと円道一成が加わった。 ギラとは彼女が「夢の乱入者」のパーソナリティーをしていた時以来の共演だ。 一成ともかなり久し振りの共演となる。もっとも彼の声はビールやケイリンやそれこそ数多くのCMで日常的に耳にしているからそんなに久し振りな感じがしないのが不思議だ。 後半はそれこそ単なるR&Bレビューになってしまって、少し和田くんには気の毒かな、なんて雰囲気になってしまったが、高校時代を想い出して楽しんでくれたようだった。 二日目のRAGでは和田くんの第二の故郷とも言える京都だっただけに、彼も独特の感慨にふけっているようだった。 彼は鹿児島に生まれ高校卒業と同時にバンドのメンバーと共に京都に出てきてプロとしてのキャリアを始めたらしい。駆け出しの頃はRAGがある京都エンパイア・ビルのいわゆる夜の店でよく仕事をしたものらしい。 第二の故郷での演奏を終え、話は昔話に終始した。 和田くんの鹿児島での甘酸っぱい話も数多く聞く事が出来た。 さすがに薩摩弁で語る彼には抜群のスピード感が加わる。特にエロティックな内容の時に使われる薩摩弁は抜群である。すべての意味においてポテンシャルが上がるのである。 本当に地方の言葉というのは言葉の意味以上に情感を露骨に表すものだと改めて感心した。 「よかぁ〜〜〜!」 和田くん、もっと薩摩弁で弾いてくれぇ〜〜! 最終日はJIMIくんの故郷、桜井でおこなわれた。 会場のザ・セイリング・バーにはそれこそ眼を疑うばかりの酒のボトルで満たされていた。 バーボンなどはケンタッキーに買い付けに行ってるだけの事はあって、そのコレクションは半端じゃなかった。 レアもののオンパレードなのだが、当然封を切ることが許されないボトルも数多くあった。さすがに禁酒法時代のものは封が切られていないにもかかわらず、1/4ほど減ってしまっていた。 お酒の神様がちびちびやっているのだろう。 スピリッツ関係はすべてガラス張りのフリーザーに並べられているこだわりのバーでの演奏は、俺にとってはある種天国とも言える恍惚感を与えてくれた。 多くの農夫や技術者たちの気持ちが封じ込められたボトルに囲まれて演奏するというのは、ある種の音楽法要をしているようでとても有り難い気分になった。 3日間の色々な想いが極上のバーボンで昇華され、夢見心地でそれぞれの帰路につくのであった。 今回ツアー初日に我がVAIOがクラッシュしてしまったので、写真がない事をお許しください。 |
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今年で12回目を迎える今となっては日本では歴史あるジャズフェスのひとつと言っていいこの"ジャズ イン ちとせ" に今年初めて出演することになった。 このイベントでは常連の東原力哉には素晴らしいフェスティバルである事を何度か聞かされていたわけだが遂にそれが現実となったわけだ。 残念ながら今年はその力哉と一緒ではなく、恐怖のロイク系関西人オルガン・プレーヤーのKANKAWAのJAZZ FUNKセッションに参加する。 本番の前日に入ったのには理由があった。 フェスティバルの初日でもあるこの日はチトセ・ロコ・ナイトと銘打たれ地元のバンドを中心に数バンドがブックされているのだ。 こういったリージョナルなバンドとの交流を持つチャンスがあるのも地方のジャズフェスの魅力のひとつでもある。舞台袖から既に演奏を終えたメンバーと談笑したり、アマチュア・バンドの面々の熱演に耳を傾けていると、最後にセッションに参加して欲しいという事になった。 "Why not ?"ふたつ返事で最後のバンドのベーシストのフレットレスを借りて、明日清水秀子GROUPで出演する、江藤良人(ds.)と共にステージに乱入した。 江藤くんとは初めてだったが非常にパワーの弾んでる気持ちのイイ、ドラマーだった。 丸めた頭に太い腕がどこかDennis Chambersを彷彿させた。 そういやあちょうどこの日Dennisも隣の松本で演奏してるんだった。 その日の夜はこのジャズフェスのブッキングをしている、と言うかここらあたりのジャズ界のドンとでも言うべき唐沢さんの焼肉ハウス"バックドロップ"にお邪魔した。我がふるさともそうであったが地方の方々は、皆熱い! パーティーはまず質問攻めから始まった。 曰く、「なんで今まで長野にこなかったのか?」とか、「ここをさけているのか?」とか、そんな事言われても呼ばれもしてないのに顔を出しに行くほど俺は風流なヤツではないのだ。 ま、これを機会にまた唐沢さんと何か悪巧みが出来れば儲けものである。 翌日残りのメンバーと合流して会場裏の公民館の2階で打合せをした。 相変わらずKANKAWAの温度は高い。地方の手作りイベントである。当然ケータリングは行き届いているとは言いがたい。早速KANKAWAが吠え出した。 「ここには誰もおらんのか!喉が乾いたやないか!誰かおらんのか!俺をほったらかしにするな!寂し〜〜い!」 このイベントがいかにイケテルかを彼に説明して話を今日の演奏に持って行くのが精一杯だった。 是ちゃん、Cecilの気の知れた二人に今回初めてだったここ長野では"ツムツム"の愛称で親しまれる津村和彦とのセッションは事のほかウマク行った。アンコールでは当然参加メンバー入り乱れの淫らなセッションが繰り広げられた。 M.C.Cecilも得意のRAPを披露するなど盛りだくさんの内容になった。それでも収まらない観客にもう1曲と言う事になった。 俺は米木さんにもう1曲弾いて欲しかったのだが彼は楽器を片付けているようだっ た。 俺の5弦を弾いてもらおうと思ったがあいにく彼は5弦は慣れていないと言う。 すかさず最低音のB弦をはずして4弦にして弾いてもらう事にした。 打ち上げは再びバックドロップへ。 前日にも増してボルテージは上がっていった。 企業主体のジャズフェスに比べ規模の点では小さなフェスティバルではあるが、主催団体である、ながの駅前商店会の面々を始め、音楽を愛する人達によってこつこつ12年に渡って作り上げられてきたこのイベントの暖かさが心に染み入る2日間だった。 力哉の言ってる意味が本当にわかった気がした。 長野のみなさん、またすぐ帰ってくるデェ〜! |
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