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土岐さんは言わずもがなCRUISINGのリーダーである。従って彼は常に重役出勤する。
彼が登場する前に我々肉体労働者はセットアップやら、サウンドチェックをすませて御大の登場に供えるわけだ。
"SPICE of LIFE"のレコーディングの時もそうだった。初日にサウンドチェックも兼ね、"Have You Met Johnny G ?"を試し録りしていた時だ。
ちょうどそのトラッキングが終わる頃にスタジオに登場した彼は、演奏が終わった俺たちに、サックスケースを持ったままトークバックで一言こう言った。
「オッケー!」
まさに
絶妙のタイミングを持った人である。

この日も個別のサウンドチェックを終え、エンジニアが「じゃあ、全体でもらえますか?」の一言をかけた瞬間に御大は登場した。
あまりのタイミングのよさに、メンバー、スタッフ一同ズッこけてしまったのだが、実は表で隠れて様子をうかがっていたのではないか、との説も浮上した。
それほど入りのタイミングは
完璧だったわけだ。

以前この
Session 505は生番組だった時代があった。俺はその頃NANIWAで何度かお邪魔したことがあった。
あるときNANIWAがゲストに日野皓正さんと前田憲男さんを迎えて演奏した事があった。
リハーサルで尺は測るもののSessionは生ものである。
一寸先は誰にも分からない。
この日の日野さんは絶好調だった。
番組は午後8時10分までだったが8時になっても日野さんはエネルギーを緩める事無く爆発し続けていた。俺も少しは気になってきてはいたが、フロアディレクターも特に止める様子も無かったのでそのまま突っ走る事にした。
結局演奏は8時10分になっても終わらず、前田さんとの共演は会場に集まってくれた観客だけのスペシャルライヴになってしまった。さすがに前田さんもムッとした表情をなさっていたようだが怖くて直視できなかった。 終わってから日野さんは「なんだ、言ってくれりゃア、いつでも終わったのに。」と笑っておられたが、言ったところで事態が収集しない事ぐらいは周知の事実ではあった。

現在はそんな事故も起こらないように収録にはなっているが、基本的には無編集でエアーするとの事だった。 収録はFM、BS DIGITAL同時でBSの方のOAは来年1/19(金)の26:00からだ。
普段のライヴなら4曲ぐらいで楽に1時間は越えるから、そんなもんかな、などと考えて臨んだのだが、サスガに全員収録モードに入ってしまったのか、普段より展開がチャッチャと行われ、4曲終わった時点でまだ余裕を残す状態だった。最後の曲の途中あたりから、そうそう、はんこ屋がギター弾くのやめて手拍子し始めた頃から本格的なライヴモードに突入した。
そんなこんなで最後の2分ぐらいは俺たちも時計見ながら演奏していたわけである。収集がついて終わった時が15秒前だったのだが、更に学ちゃんが引っ張った。
見事に1秒前にカットアウトした我々にNHKのスタッフも舌を巻いているようだった。

CRUISINGはRight on Timeなのだ。




今世紀最後の石田長生バンドのツアーである。
Beatlesの"Help"のS.E.に乗せてVenturesでお馴染みの
"十番街の殺人"でShowは始まった。
アンコールでは客席に乱入しての"一人旅"状態まで披露する熱唱振りで、その後三宅伸二の飛び入りなどもあり盛りだくさんで初日は無事終了した。
ただし石やんの喉のコンディションはあまり芳しくなく終演直後の彼の声を聞くに翌日のBANANAのステージが思いやられる状態ではあった。

ノリにノッてるUKProductsのBoss藤井淳氏と寿司を食うことになった。
ここで石やんは喉を守るために
必殺技を披露した。すなわち、声を一切出さずに会話は全て携帯メールで行うというものだった。いわゆる筆談ならずメル談というヤツだ。
それにしても顔をつき合わせながら、プルルッ、プルルッという音に反応して携帯見ながらにやつく光景には世紀末を感じずにはいれなかった。

一夜明けて東京駅へ向かう石やんの声は奇跡的に回復していた。
普段、如何に打ち上げの席で無駄な喉を使っていたのかを思い知らされた瞬間であった。
大阪に着く頃には身体も完全に覚醒して、前日までのコンディションがウソのように絶好調の石やんだった。今回の大阪公演はなぜか今までのVIBEとはどこか違う感じがした。
前回のツアーではこのレポートにも書いたように、もはや石やんのホームは東京に移ったんだなあと痛感したものだったが、今回は石やんに対する新たな期待を持ってみんなが集まってくれているように感じたのは私だけなのだろうか?

翌日はオフがあったのでこの夜は石やんもメル談する事無く、たまたま大阪入りしていた船木誠勝氏らと合流しアフターアワーズを楽しんだ。

最終日、名古屋は久々の
Apollo Theatreだった。
HUMAN SOUL時代に何度かやった事はあったけれど、新しいスタイルになってからは初めてだった。入り待ちまでして最後まで色々手伝ってくれたBANANA FISHの面々、アリガトウ。
この場を借りてお礼を言いたい。

カウンター上のシャンデリアは残すものの、リニューアルしたApolloでのステージも楽しく終えることが出来た。
さてこの日の打ち上げは石やん自らの手による
特性チャンコである。彼は実は知る人ぞ知るチャンコの名手である。
パンクラスの選手達もたまに石やん宅に訪れて食する彼のチャンコを口をそろえて道場以上に美味いという。

この日は東関部屋スタイルの
鰹ベースのチャンコだった。
作り方はいたってシンプルだ。
まず昆布出汁をとってこれに具を入れて火を入れる。その間に中華なべに鰹節を大量に入れ醤油を加えながら炒るようにして火を入れる。ひととおり火が入って香ばしいかおりがしてきたら火を落とし、卵黄、擦りゴマ、青海苔を加えて混ぜる。
こうして出来た半ばペースト状のものを取り皿に少し入れ、昆布出汁でのばしながら具をいただくわけだ。

卵黄のボリューム感も加わっての濃厚な出汁がゴマと青海苔の香りと絶妙なハーモニーを形成しいくらでも箸が進むといった趣向だ。皆さんも一度お試しいただきたい。
最初のペーストを作るときに
強気で醤油を入れるのがコツと言える。醤油を焦がし過ぎないように焦がすと香は更に深い物になる。

最後はゴマ風味の水団(すいとん)まで即席で作ってくれた石やんは安心しきって眠りにつくのであった。
















淡路の合宿から中1日のオフをはさんで、初日のRAGを迎えた。6日間はやはり十分な時間とは言えなかった。 とは言え、一抹の不安を抱えてのステージと言うのもいい緊張感を体験できるものである。
合宿中のいい感じだけを記憶に残して最初のステージは始まった。

1曲目、Sonic Boomの途中あたりから、身体の中心から突然
ある種のエネルギーがこみ上げてくるのを感じた。メンバー全員の、そして会場を埋め尽くした全ての人達の気持ちがこのステージにとんでもない集中力をもって結集してきている事が直感的に感じられた。
「そうか、これがNANIWAのMAGICか。」
俺は心の中で昔体験したある種の感覚が蘇るのを感じた。
曲が進むに連れ不安は確信にかき消され、お互いの演奏をステージでも堪能できるようになっていた。

RAGのような小さな場所で初演が出来た事はやはりよかったと思う。
無理なく全体のVIBEをキャッチする事が出来るからだ。NANIWAのような音楽の場合、出来レースは組みにくいわけで、毎秒全ての状況がキャッチ出来るような環境でプレーする事により、不安材料がひとつひとつ消されていくのだ。
合宿から恐ろしいばかりの集中力で無事初日を終えたリキは、打ち上げではサスガに事切れたように深い眠りにつくのであった。

二日目も同じRAGである。
初日の手応えと、同じ会場という余裕からか、みんな心なしか
リラックスしているようだった。
とは言え、こういう日こそ気合を入れてかからなければ落とし穴が待っている、というのが世の常である。

この日は初日に比べ観客は少なめだったが、その分みんなのまとまり方は半端じゃなかった。これはメンバーに限った話ではなく、会場に訪れた人達も含めての話だ。
それにしてもNANIWAをやってて、あれだけ会場のみんなのコーラスとコール&レスポンスした事は無かったと思う。
こればかりは少し
新鮮な経験だった。

終演後、夜走りする、建ちゃん、青柳を見送りこの日も早朝まで縁は続いた。
その早朝、青柳が
スピードオーバーで御用になっているなど知る由も無かったのである。ところが青柳と言う男は昔から運の強いヤツでなんと21km/hオーバーで勘弁してもらったらしい。
そう言えば昔も一通逆行をオスカー・ピーターソン・ファンの警官に職業がジャズ・ピアニストである事を理由に助けてもらった事があった。

東京での公演は久し振りである。
この間メンバーや友人の結婚式での寿ぎREUNIONはあったものの、オフィシャルでの公演となると実に
14年振りという事になる。会場の都合で立ち見は出せないと言う事で入場できずにお帰りいただいた方も多かったと聞く。
この場をお借りしてお詫びしたい。

久々の東京公演はそれでも関西率は高かったように感じた。
それだけ
本社ご栄転の諸氏も多かったと言うワケか。
もうひとつ驚いた事は会場の半数近くが生NANIWA初体験であった事だ。
これが14年の歳月というものかも知れない。

以前東京で何度も演奏した事があったNANIWAだが、なぜかこの日は新鮮だった。
これは
初NANIWA体験者のVIBEによるものなのだろうか?
俺はあたかもニュー・バンドのお披露目をしているような気にさえなっていたのだ。

さすがに会場が広くなった分細かいニュアンスまでキャッチする事は難しくなったが、逆に小さなハコでは感じとれない大きなVIBEを感じる事が出来た。
スカパー271ch.のMusic Air Networkの収録も入っていたが、いい演奏もあれば、ミスった演奏もあった。
2時間半のコンサートの内、90分が放映される予定だ。
楽しみにしていて欲しい。

2週間インターバルがあって、いよいよ最終日、地元大阪公演を迎える事になった。
俺の場合、この2週間にコブクロ、石田長生、CRUISINGと身体を入れ替えてきただけに、1日でNANIWAの身体にするのは少し不安もあった。
初日の時にも言ったように、こう言ったときは、ひたすらウマクいってる状態をイメージし続けるに限る。曲の進行やチェンジなど技術的な事さえクリアしてれば、後はひたすらイメージ作りだ。今回は照明スタッフも同行だ。
地元のファンのためにも、そしてなにより自分達のためにも絶対に
失敗は許されないのだ。

最初は気負ったところもあったかも知れないが、音が出てしまうと不安はどこかへ飛んでいってしまった。それどころか後半は耳じゃないところからも色々感じる状態にまでなりつつあった。
こう言った状況のために俺たちはステージに立っているって言っても過言ではないのだ。

東京と違って時間の制約をそんなに気にしなくてもいい会場であっという間の3時間のコンサートは終演を迎えた。
今回のツアーは俺にとってのNANIWAが想い出の産物なのか、現実の物なのかを見極める
ギャンブルでもあったワケだ。俺はこのギャンブルをしてよかったと思っている。
これからもメンバーの輝いた眼を見続けたいと思っているのだ。

コンサートやリハーサルのスナップはこちらでどうぞ
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/ikechan/naniwa/index.htm














待ちに待ったNANIWAのREUNIONが始まる。
今回の目的のメインは実際のツアーより、この合宿にあると言っても過言ではないのだ。
と、言うのも今回のREUNIONは、今までのそれとは違って、あくまで活動再開を前提とするものだったからである。もっとも結論はツアーを終えてからということになるが、メンバーそれぞれただならぬ覚悟でこの合宿を迎えたことは言うまでもない。

鳴門大橋を見下ろす絶好のロケーションにあるStudio Chicken George Southern Awajiはここら辺りでは有名な老舗の観光旅館
"うめ丸"の一角にある。
スタジオ、温泉、プライベート・バーが24時間使えるという、理想的な環境なのだ。
このプライベート・バーが実に素晴らしいのだ。カウンターだけのこじんまりしたこのバーは全面の1枚ガラスで、あたかも絵画のようにフレイミングされて月明かりで鳴門大橋を映し出す。
オーナー藤川氏がPink Floydの"Darkside of the Moon"を聴くためにここを作ったと言うのもうなづける。

久しぶりに顔を合わせた5人だったが、妙な感慨に耽る事も無く機材をセッティングして、最初の晩餐に入った。
初日はうめ丸名物の鯛づくしの
フルコースだ。
姿造りに始まり、俸禄焼き、あらだきと続き、てんぷらの盛り合わせと土瓶蒸しをはさんで、潮汁と鯛めしでしめる、といった豪勢なものだ。なにしろ次の日からは経費節約のために食事は1日2回の従業員用のまかない飯である。この日ばかりは一同大いに楽しんだ。

2日目も順調にリハーサルは進み、3日目にはいよいよ新曲にもトライし始めた。
この日の深夜、大阪より古くからの友人達が遊びに来てくれた。
その時の模様はここで
http://osaka.cool.ne.jp/ikechanyo/naniwa/riha/index.htm

さすがに4日目ともなれば疲労もピークを迎え、快調だった初日の感覚がウソのように息が合わなくなってくる。
パワフルに聞こえるかも知れないが、実はNANIWAのサウンドは非常に
デリケートなのだ。一時は公演を見合わせようか、などと言う意見も出るほどに絶不調を迎えたものの、その日のシャンパンがそんな不安を流し落としてくれた。

5日目は途中参加のデビュー前からのNANIWAを撮り続けてくれていたカメラマンの山口利明氏とのフォトセッションをする事にした。
この山口さんと言う人が実に建ちゃんに
そっくりなのである。
最近、建ちゃんのほうがいささかウェイトオーバー気味なので見分けがつきやすくなりつつあるが、髪型から雰囲気に至るまで実によく似ているのである。

殺風景なのも何か、という事でリキのご自慢の"白い戦車"こと、MercedesのSL600をバックにやろう、と言う事になったのだが、車のキーが見つからない。俺とリキが相部屋だったのだが、俺もひどいけど、リキの
整理能力の無さは脱帽物である。
旅から旅への楽屋生活を続けている彼の持ち物と言ったら、半端じゃない。スーツケースの中からはそれこそ何でも出てくるのである。ペットボトルや旅館のスリッパ、領収書や紙くず、もはや何がゴミで何が必要なのか本人でも分からない状態になっているのである。
ようやく干してあるパンツのポケットからキーを探し出した頃には日はかげり始めていた。

ため息をつく山口氏であったが、露光を1600まで上げて、
恐怖の根性1000msec.
シャッターに挑戦した。彼と共にした幾度かのセッションがシャッターノイズごとに蘇るようだった。秋の日はますますスピードを増して落ちていく。
遂に最後は3秒シャッターまで経験してしまった。俺もこんなフォトセッションは初めてだったが、それは山口氏も同じだった。

先日彼と電話で話をしたが、この日の約80ショットの内、奇跡的にも3ショットばかり使えるショットがあったと言う。
「昼間の写真にしか見えないよ。」と言う彼の言葉に自信が感じられた。

最終日はリハーサルも早めに切り上げ、プライベート・バーの前にあるテラスでバーベキューをした。
丹後の松茸、明石の鯛、淡路の鮑、などを極上のビーフと共にシャンパンと赤のイタリアンで流し込んだ。空は満月の明かりに負ける事無く、大阪では信じられないような数の星が悠然と静かに輝きつづけていた。
いよいよ
MILLENNIUM PREMIUMの幕が開こうとしているのだった。



















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