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![]() 今年で25回を数えるもはや日本一歴史があると言っても過言ではない"宮崎 Phoenix Jazz Inn"。 ![]() 何と言っても25回といえば四半世紀だ。思い起こせばNANIWAを結成する直前に生まれたこのフェスティバルにそのNANIWAで何度か出演し、NANIWA無き後はHUMAN SOULでまた何度か出演し、そのHUMAN SOULも無き後、色々なバンドで参加させてもらっている。こちらの状況が色々変わっても、変わる事無く夏の風物詩として南国の夜空に音楽を響きわたらせるこのイベントに参加するたびに、改めて歴史の重さとその味わいの深さに感銘を受けてしまう。 このイベントはまずは恒例のウェルカム・パーティーから始まる。 参加全アーティストが一同に会して(もっとも部屋で寝てる諸先輩方も多い)、プロデューサーの原信夫さんとMCの行田よしおさんがホストになって催される。行田さんがあまりに痩せられていたので、遠目には誰だか分からなかったが、相変わらずのすっとぼけたMC振りに過去の記憶が一気に蘇ってきた。 会場には既にDennis ChambersとサックスのBob Franceskiが来ていた。Dennisとは久しぶりだ。多分俺が同じ髪型になってからは初めてだった。今回はMike Sternのバンドで来日しているのだが約2週間強のスケジュールらしい。あまり人を誉めないDennisが絶賛するBobのプレーが楽しみだった。 KANKAWA DRIVEに限らず、俺が参加するバンドはいずれも大音量である。よってその出番はトリになることが多い。トリと言えば響きはいいが、要は朝一の目覚ましバンドにされてしまうのだ。 NANIWAやHUMAN SOULでも嫌と言うほど経験して来たわけだが、今回はKANKAWA本人の主催者であるTV宮崎の社長へのe-mail直訴もあって午後10時過ぎと言う、もってこいの時間帯に登場する事が出来た。従って朝一バンドはダブル出演のカツヲのDimentionが務める事となった。ご苦労さんッス。 1時間と言う限られた枠で完結しなければならなかったのでKの部屋に集合して我々は綿密な作戦会議をした。Kも過去のDRIVEのLiveの録音を研究し尽くして適切なアイデアを提案する。 今回はサウンドチェック一切無しの状態で本番を迎えなければならないのでなおさら慎重にもなるというものだ。 出番の1時間ぐらい前にシャトルバスに乗って会場に向かった。 この会場が近付いてきているのは目をつぶっていても分かる。野球場に作られた特設ステージの周りにはそれこそ無数のBBQセットと共に酒柱が上がっているのだ。この独特な臭いこそPhoenixならではのものであり、ああ、ここに帰ってきたんだと実感できる瞬間なのだ。 それにしてもこれだけ煙が上がっていると照明チームも楽だろう。カナリ広い野外とは言え、楽勝で明かりのラインは浮き出てくるのだから。会場の所々に貼られている"球場内火気厳禁"のポスターが微笑ましい。 会場はそんな熱気で一種独特のカオスと化している。もっとも20年近く前のあの狂喜に満ちたVibeに比べればカナリ落ち着いているとは言え最近の他のJazzFesでは味わえない独自のVibeを持ち続けているのは事実だった。 ケースから楽器を出して驚いた。いきなり楽器が汗をかいているのだ。今年は好天だったのでメインで使ってるBossaの黒透モデルを持ってきたのだが少し後悔してしまった。 愛器のオールドのストラトをお留守番させてきた是ちゃんが正解だったようだ。それにしても蒸し暑いとは思っていたがここまでの湿度は予想していなかった。あたかもバリで演奏している錯覚すら起こさせるような肌触りだった。地球の温暖化が問題視されてもうカナリ経つが、ここ宮崎はどうやら今年から熱帯の一部になったようだ。 Kと則ちゃんの小山のような機材を乗せたキャスター付きの2つの山台が滑るようにステージにセットされるとほどなく演奏がスタートした。Kは今日もフルオプションである。 Koshin帽、ア〜ンド、ガウンなのだ。その体感温度はカナリのものだったに違いない。糖尿のためにもいい汗になっているはずだ。 滑り出しは好調である。広いステージにこじんまりと中央に集中してセッティングしたのが効を奏したのかぶっつけの割りにはステージ上の環境はまずまずと言っていい状態だった。ただしKは断線かミスコネクトで出ないいくつかの楽器に苛立ちを覚えているようではあった。 中盤でのメロディカのソロは美しかった。やはり野外イベントは原始的な楽器の勝ちである。 さていよいよ後半はDRIVEの真骨頂、"ウガンダ"に突入する。予定ではここにDennisも加わる事になっていたのだが設営等の問題で土壇場でキャンセルになってしまったのは残念だったが、その分の則竹は飛ばした。バンドも最高のスピードに達し、カツヲ、是ちゃんに囲まれて、Kは引きずり出したオルガンを足で弾き倒す。 さあ、いよいよドラムソロである。袖で見つめるまん丸なDennisの眼を気にしつつ、既に乳酸で満杯になっている腕の筋肉を振り絞り則竹は得もいえぬ表情で叩ききった。 意志の疎通やケーブルの通電に若干の問題は残しつつもDRIVEは無事ステージを終えた。 袖で見ていたDennisは"ウガンダ"のグレードがカナリ上がっていることに正直驚いているようだった。ステージ裏のエアコン付きのプレハブに吸い込まれるようにして入ったときは冷えたビールと共にそこがオアシスのように感じた。それにしてもまだ11時台だ。 これからまだまだゆっくり演奏を楽しめるのだ。極上の音楽を酒と煙が包み込みこみながら宮崎の夜はまだまだ続くのだった。 |
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![]() 7月1日、8日と2週続けて福井、加古川でセッションしたのだが、いずれも地元のバンドのオープニング・アクトがあり、しかも最後に大JAMセッションと言う往年のイベントを彷彿させる楽しいものであった。 まず1日はMarty & Friendsと称して地元金沢の名士Marty Braceyを中心に土岐英史(sax.)、有坂秀一(key.)、橋元亮(gt.)が集った。 会場のCHOPはなかなかアメリカンなエエ感じの場末感を持ったクラブだった。有坂、橋元両氏とは俺も初めてだったが、実は今回のプロデューサーでもある植田薫氏とこの2人は同じ学校の出身と言う事だった。サウンド・チェック方々リハーサルも軽くこなし、Martyは「ア〜ッ!音楽ダァ〜!」と何度も奇声を発しているのだった。 日が落ちると共に会場は色々な世代の人たちで埋め尽くされた。 なかなか渋い選曲の福井のバンド連中の音に俺たちもますます気分がよくなっていくのだった。中でも一番やられたのは武生東高校の教諭を務める植田氏のバンドだった。アマチュアの音と言えばそれまでかも知れないが、見事にショーアップされたステージングと、渋い選曲、並びに見事なまでのライヴ用のアレンジの数々は相当なマニアと見た。ホンマによぉ〜勉強したはる。 素晴らしいR&Bのレビューに仕上がっており、俺とMartyは自分達の出番も忘れてすっかり乗せられてしまった。彼の教育を受ける事ができる武生東高校の生徒とブラスバンドの部員は幸せだと痛感した。今後も頑張ってもらいたいものだ。彼のプライベート・サイト、Pick Up The Pieces ! もチェックして欲しい。 http://www.mitene.or.jp/~kaoru-jb/ 俺たちの演奏もそれまでのバンドのお陰ですっかりリラックスしてスタートできた。リアクションも半端じゃなかった。本当にストレートなコール&レスポンスが成り立っていた。最近、都会での、特にJAZZ/FUSION系のライヴの場合どこか冷め切ったVibeが流れる事が多いのは何故なのだろう。 こうしてストレートに音楽に触れようとしてくれる人の多い地方都市に来るとやはりほっとする。これがやっぱり基本だろう。ステージの興奮もピークに達した頃、いよいよJAMが始まった。参加自由のこのような大JAMセッションは、えてしてダレてしまうものでもあるのだが、さすがにこの日のみんなのテンションがその場をダレさせることは全く無かった。 後味の悪さが一切残らない素晴らしい時間が過ごせて本当に感謝している。今後も定期的に交流を持っていきたいと思っているのだ。 続いて次の週は加古川にULTRA TRIO(改)で臨んだ。 Martyとは2週連続、しかもこの週はゴスペラーズとのレコーディングも控えているのだ。武っちゃんはRon Carterと既にここでのライヴを経験している。 今回は地元のバンドとの交流も含めてのブッキングとなったわけだ。加古川では前週と打って変わってビッグバンドとコンボによるJAZZバンドとの共演だった。 SFビッグバンドは社会人を中心にしたバンドで真面目に練習している事をうかがわせるステージングだった。ただし、真面目過ぎる!ビッグバンドの場合ミストーンは致命的だからそう言う事に注意しながら演奏する事はOKなのだが、やはり、基本は楽しまなくては音はハプニングしない。 何人か自分に酔ってプレーしてるヤツもいたが、やっぱりこの世界酔ってナンボのもんです。練習での厳しさはスタジオで十分だ。ステージで何も考えなくてもいいために練習があるはずだ。ステージは常に解放される場所でありたい。 コンボの方はマニアックなコレクションがタマラない"太鼓屋へいぞう"のオーナーが中心になっての演奏だった。 彼らも音楽に対する真摯な姿勢はいいとしても、はっきり言って暗い!もちろんハッピーなだけが音楽とは言わないが、どんな表現をするにしてもエクスタシーは追求したいものだ。ネットでオールドの出物を見つけた時のようなときめきを演奏でも味あわれん事を祈る。 Martyとのトリオは4月のツアー以来ではあったが、その間も色々なセッションを重ねていた性か何の心配も感じなかった。この日もMartyのウルトラ・ポジティヴなVibeが会場に火を点けないはずは無かった。 セッションになってまずはイージー・チューンで有志をステージに募った。なにしろこの日は観客の半数ぐらいがミュージシャンと言う状況だったからそれこそ大騒ぎになった。会場のスタッフまでスキャットで登場するハプニングまで飛び出し、俺たちの思い通りのエエ感じに持ち込む事に成功した。 5月にChicken George Auditionに参加した時にも感じた事だが、アマ、プロを問わず世代を超えて接触を持つ事はやはり楽しい。 俺もこれ位の歳になってくるとこう言う機会をもっと持つべきである事を改めて感じた次第だ。 |
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![]() 愛すべきKANKAWAのBirthday Liveは渋谷のYAMAHA ELECTONE CITY、そして六本木のBASH !の二本立てで行われた。 DRIVEのメンバーが一同に会するのは考えてみれば2月のツアー以来、約4ヶ月ぶりになる。今回は前回のツアーで演奏していたメニューに'98年にDennis Chambers、Phil Upchurchと共にツアーしたUGANDA(ライヴ・アルバムも発売されている)の中から2曲ばかり追加する事になった。 本番前の短いリハーサルのみと言う条件ではあったが、どちらかと言うと難解なこれらの曲もDRIVE風に飲み込んで本番を迎えることになった。 BANDのGROOVEが安定してくると、Miles DavisのコステュームもデザインしていたSato KoshinのSan-Raを彷彿させるCrownを被り、この日の主役は堂々と登場した。 おそらくELECTONE CITYにこのようないでたちで登場したのは彼以外にはいないだろう。すっかりK-122でJAM化しているKはすかさずアウトサイドへの耽美な世界へBANDを誘(いざな)う。 カツヲも水を得た魚のようにKのカウンターに反応してストレッチン・アウトしていきつつ、前回のツアーとは明らかに違ったDRIVEが展開されていくのだった。 予想通りと言うか演奏時間は大幅に超過し、文字通りゴッツォーサン状態で終演を迎えた。 普段はこれでお疲れさんって感じで打ち上げに突入するのであるが、この日はこれからBASH ! でのメインイベントが控えているのだ。Kの気持ちもむしろBASH ! にアジャストされているようだった。 片付けもそこそこにDIMENSIONのレコーディングを控え、中座するカツヲ以外のメンバーは六本木に向かった。 熱心なファンのみんなと共にKANKAWAのBirthday Partyは始まった。それにしてもあの邪魔クサがりのマスターが腕によりをかけてクックしてくれた料理の数々には正直驚いた。 「オッサン、やりゃあ、出来るんやんか。」 Kのだみ声がこの日は一段と嬉しそうだった。 まずDRIVEのメンバーでのBlues Sessionが始まった。 コテコテのJAMを終えた身体にはストレートなBluesはかえって新鮮だった。ハモンドを弾くKも我が家のリビングルームにいるようにリラックスしていた。何曲か演奏した後、仕事を終えてやってきたK-122のイズミ(gt.)とPちゃん(bs.)が加わり則竹のリズムによるJAMが始まった。 それにしてもこの日の若者2人は抜群だった。それまでの俺たちの演奏が陳腐に聴こえるほど彼らの演奏はFreshだった。リラックスしたKが導く暗示にメンバーが見事に反応し非常に高いレベルのJAMがそこにあったのだ。則竹も彼らの吐き出すVibeにすっかり乗せられているようだった。 想えば今年の1月に初めてスタジオに入ってプロジェクトをスタートさせた時はこれほどにまでHappeningするとは思いもよらなかった。 意外な形でK-122のポテンシャルを見せ付けられた俺はプロデューサーとして自信を深めると共に、プレイヤーとして、こりゃあ、こっちもうかうかしてられないな、と、フンドシを締めなおす思いでもあったのだ。 実に音楽は奥深いものである。 |
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